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Apple Watch心電機能を用いた12誘導心電図の導出 -2021.10.10

これまでApple Watch心電図アプリケーションの使用方法や適切な使用環境について検討を行ってきた。

今回、Apple Watch心電図アプリケーションの応用編として、Apple Watch (AW) を用いて12誘導心電図波形を導出することを試みた。前述の通り、AWでは12誘導心電図でいう所のⅠ誘導相当の波形が導出可能である。12誘導心電図の原理に基づき、Ⅱ/Ⅲ/V1〜V6誘導に相当する波形についてはAW裏蓋のセンサーを当てる位置やクラウンに添える手を工夫し、aVR/aVL/aVF誘導に相当する波形については得られたⅠ/Ⅱ/Ⅲ誘導の波形を合成することで12誘導心電図に類似した心電図を作成することを試みた。

■12誘導心電図の成り立ち

まず、12誘導心電図の導出を行う上で、必要な知識について解説する。心電図は1900年代初頭にWillem Einthovenによって発明され、心臓の電気信号の流れを視覚的に表示する検査機器であり、その記録法には2点の電極間での心電図を記録する双極誘導法(Ⅰ/Ⅱ/Ⅲ誘導)と各点の電極と不関電極との間で心電図を記録する単極誘導法(aVR/aVL/aVF/V1-V6誘導)がある。不関電極とは、5 kΩ以上の抵抗を介して右手、左手、左足の3つの電極を結合した体の中央に形成される仮想電極のことで、Wilsonの結合電極とも呼ばれる。

 

双極誘導では特定の2つの電極をそれぞれ(−)電極、(+)電極とし、(-)から(+)電極に向かう電気信号を上向きの振れとして記録を行っている。右手、左手、左足の3つの電極があれば、Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ誘導の3通りの双極誘導の心電図を記録できる(アイントーベンの三角形)。双極誘導の間には「Ⅱ誘導 =Ⅰ誘導 + Ⅲ誘導」の関係がある(アイントーベンの法則)。心電図を測定する場合には、胸部誘導の測定のために6箇所、四肢誘導の測定のために4箇所に電極を装着し、12誘導心電図を作成している。

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■Apple Watchを用いた四肢双極誘導(Ⅰ/Ⅱ/Ⅲ誘導)の導出

12誘導心電図では、Ⅰ誘導は左手(+)、右手(-)、Ⅱ誘導は左足(+)、右手(-)、Ⅲ誘導は左足(+)、左手(-)に電極を配置して電位を測定している。

Apple Watchではクラウンを(+)電極、裏蓋のセンサーを(-)電極として、記録が可能であり、前述の原則を用いて、

Ⅰ誘導:左手に裏蓋のセンサーをあて、右手をクラウンに添える(従来のAWの使用方法)

Ⅱ誘導:左足(もしくは左下腹部)に裏蓋のセンサーをあて、右手をクラウンに添える

Ⅲ誘導:左足(もしくは左下腹部)に裏蓋のセンサーをあて、左手をクラウンに添える

 

とすることで計測できる。

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<算出された四肢双極誘導(左)と実際の波形(右)>

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■Apple Watchを用いた四肢単極誘導(aVR/aVL/aVF)の導出

aVR/aVL/aVF誘導は、一般的に次の式によって求められる(*)。

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心電図アプリケーションでは、取得した波形データをcsv形式で出力可能であり、波形を数値化したデータの確認が可能となっている。先程得られたⅠ/Ⅱ/Ⅲ誘導の波形データをQRS、T波形などを参考に時相を合わせ、上記式を用いて波形の合成を行った。

(*) http://www.mfer.org/doc/心電図電極と誘導.pdf

 

<算出された四肢単極誘導(左)と実際の波形(右)>

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■Apple Watchを用いた胸部単極誘導(V1〜V6)の導出

V1〜V6の単極胸部誘導では前述の通り、右手、左手、左足の電極を結合した不関電極を (-)電極とし、胸部に置かれたV1~V6電極を(+)電極として波形が算出される。AWにおいては、同時に右手、左手、左足の電位を測定できないため、本来の12誘導心電図で計算される不関電極を(-)電極として用いることができない。

先行研究において、(-)電極として右手をクラウンに添え、(+)電極として裏蓋のセンサーを胸部にあてることで、胸部誘導に類似した波形が得られるという報告(*)があり、今回はその手法を用いて、心電図を測定することとした。

(*) Ann Intern Med. 2020 Mar 17;172(6):436-437.

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<算出された胸部誘導(左)と実際の波形(右)>

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■総評と今後の課題

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Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ誘導相当の波形については、心電図の測定原理と同様の測定方法を取ることができており、実際の心電図と類似した波形を得ることができた。一般的にP波はⅠ誘導よりもⅡ誘導の方が確認しやすく心房細動の診断には有用であると言われている。今回の計測でもⅠ誘導と比べ、Ⅱ誘導やⅢ誘導のほうがP波性状を確認しやすいことが分かる。

aVR/aVL/aVF誘導相当の波形については、本来の12心電図上の計算方法と同様の手法が取れており波形も非常に近似しているものの、心電図の時相は手動で合わせているため、合成された波形と実際の心電図波形とでは多少のずれが生じてしまう。

そのため、各誘導の微細な心電図のばらつき(dispersion)があるようなケースでは正確度は落ちてしまうと推察する。

胸部誘導相当の波形については、(-)電極を右手、左手、左足の電極を結合して形成される不関電極とすることができず、代わりに右手(右肩)に設定することで、心臓の電気信号を右上部から眺める形となり、本来と異なった波形が測定された。通常心臓の電気信号は体の左下方向に向かって流れるため、右手(右肩)の(-)電極から遠ざかる向きに電流が流れることとなり、12誘導心電図と比較してR波の増高やS波の減高を伴った波形が算出されたと考えられる。

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まだ改善の余地はあるものの、四肢単極誘導、胸部誘導については波形の特徴は概ね捉えられていた。胸部誘導の波形については、四肢誘導のAWデータを用いて補正することで、より正確な波形に近づく可能性がある*。(補足参照)

胸部誘導のQRS、ST-Tを自動補正する技術の開発を行えば、心房細動の検出のみならずST-T変化の確認などにも応用できる可能性を秘めており、今後さらなる研究を行っていくこととする。

 

<補足>

  • 四肢双極誘導は四肢の2点間の電位として測定される。

この双極誘導はアイントーベンによって導かれたもので下記の通り表現される。 

※VR/VL/VFは単極肢誘導、aVR/aVL/aVFは増幅単極肢誘導

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AWで正確なV1誘導を導出する方法の考察。

AWを胸部に当てて得られた波形は右手(VR)と胸部誘導(V1)の電位差を示しており、

AWで得られた波形 = 本来のV1波形 − VR = 本来のV1波形 – 2/3 aVR となる。

つまり、本来のV1波形 =  AWで得られている波形 + 2/3 aVR

なので、AWで得られた波形に2/3aVRを足せば、より正確な胸部誘導が得られることになる。

 

あるいは誤差を最小限にしたいなら、正常心電図では、aVRよりもaVLの波高が小さいため、胸部誘導測定の際に右手をAWに当てるより左手をAWに当てるほうがより正確な波形に近づく可能性が高いかもしれない。

ただし、いずれにせよaVR(あるいはaVL)とV1の算出でそれぞれ2回手動で時相をあわせる作業が必要となるため、煩雑かつ恣意的になる問題はある。

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